宇宙人が見つからない理由 -- AIと「草文明」から考えるフェルミのパラドックス
宇宙には無数の星がある。それなら高度な文明を持った宇宙人がいてもおかしくない。にもかかわらず、その痕跡が見つからない。いわゆる「フェルミのパラドックス」である。
最近、この問題について一つの空想をした。
YouTubeチャンネル「海外Yパパラジオ」で、AIを生物の進化になぞらえて考える興味深い話があった。そこで語られていたのは、AIの発達を最終的に制約するのは知能ではなく「エネルギー」ではないか、という趣旨の話だ。
地球上の生物は、基本的には太陽から継続的に供給されるエネルギーによって生きている。ところが人類は化石燃料を発見した。石炭や石油とは、いわば太古の太陽エネルギーの貯金である。人類はその貯金を猛烈な速度で取り崩すことで、わずか数百年の間に巨大な工業文明を築いた。
そして、その先にAIが登場した。
AIが高度になるほど大量の計算資源と電力を要求するとすれば、ここに文明の一つの分岐点があるのではないだろうか。
エネルギー消費を際限なく増大させる文明は、惑星の持続可能な範囲を超えて自壊する。一方、それを回避した文明は、サイエンスライター北村雄一さんが提唱する「草文明」のような方向へ進む。つまり、化石燃料による巨大な機械文明から降り、太陽、水、植物、資源循環など、その惑星が持続的に供給できるエネルギーと物質の範囲で文明を維持するのである。
だとすれば、カルダシェフ・スケールの前提そのものが逆なのかもしれない。
文明は進歩するほど巨大なエネルギーを使うのではない。
長く生き残る文明ほど、少ないエネルギーで高度な文明を維持するようになるのではないか。
そう考えると、フェルミのパラドックスに一つの答えが生まれる。
宇宙文明は存在する。しかし、AIを生み出すほど発達したところで分岐する。エネルギー消費を拡大し続けた文明は滅び、生き残った文明は「草文明」のような静かな文明になる。
だから、カルダシェフ・スケールのタイプIIやIIIのような、恒星や銀河規模のエネルギーを消費する文明が見つからない。
宇宙人がいないのではない。
長く生き残る文明ほど、宇宙から見えなくなるのかもしれない。
